2019/8/8 (木) 野外道場
1. 我々、錯覚しかしてないぞ。一旦、一個ずつ手に取ってジロジロ見よう。
Fig.1 合気道を全く知らない生き物と合気道するのは、すごく勉強になる。
苦しいのは殻を割る圧が高まっているからだと思いこむのはタダだ。
がむしゃらにやってりゃいつしか上手くなるなら世話ないわけで、練習は大切ですが行き詰まったら 一旦落ち着け。今まで溜める一方だった脳内圧縮ファイルを 1人静かに解凍する時かもしれません。
Fig.2 「でかいな!」
今日の解凍材料は「体全体を使う」という古ぼけたやつです。ベクトルでいきます。
1. 目は錯覚しか見てない。
脳内でお手本を再現するとき、取と受だけが浮かびませんか。その取の形をそのままコピーしても上手くいかずに訳わからなくなりますね。取の手の動きだけからその力の方向を読んだからです(Fig.3 左図ベクトルa)。そこで、ちょっと背景も思い出してみましょう。体捌きを空間移動としてとらえるのに都合がよいことに、道場にはマス目が引いてあります。畳が平面のマス、柱や窓が前後のマス、窓の桟が高さのマスという方眼紙背景です。背景の中で「取と受とのワンセット」が空間の中でどう移動したか(右図)。すると取には少なくとも移動のベクトルbを持つことが分かります。
Fig.3 左図:取だけ見ると、出している力(A)イコール手の動き(a)に思える。左図:空間における移動ベクトル(b)を加えると、最終的に受の腕の力はベクトルB。思っていたのと逆方向の力を出している。
2. はじめの一歩目:最終的な合成ベクトルを確認
合気道では、足の移動を含めた体全体で技を行うということは誰でも知っています。でもすぐ忘れてしまいます。そんな時は前回「最終ゴールの三千歩目でなく始めの一歩目を見よう」(稽古記録170参照)でやった、一歩目を当てはめてみましょう。
受を崩れさせるための最終的な力のベクトルを確認します(Fig.4 図BのベクトルH)。受の崩れ方を観察して探します。これは取が全身の各部分でつくる力(図A ベクトルa~g)の合成です。それを、「腕の動きだけで行っているのだ(H=a)」と錯覚して腕だけでベクトルHを作り出そうとすると、無理が生じてぶつかります(C)。本当はベクトルH=a+b+c+d+e+f+g ですよね。その合成ベクトルHを推測するのを一歩目としましょう。
Fig.4 一番目立つのは手首の動きa でもそれだけでHを作ろうとすると出力過多で力むしぶつかる。
3. 二歩目:第一ベクトルを合成ベクトルからずらす。
最終的ベクトルを確認したら、次にやることは「分解ベクトルの1つを最終ベクトルからずらす」です。幾通りもある分解ベクトルには優先順位はないのですが、仮に一番目立ち、かつコントロールしやすいものを第1分解ベクトルとよぶことにします。それはたいていの人にとって「握られた部分の動き=手首」になると思います。初心者は握られた手首だけで何とかしようとしてしまいますよね。だからここを第一に改善しようというのです。第1ベクトルの最適な方向はケースバイケースです(基本的な方向の目安は次項)。しかし最悪の方向はもう知っています。それは前項で述べた通り、受を動かしたい方向そのもの、すなわち最終合成ベクトルです。ですから、まず第一ベクトルを最終ベクトルの方向が重なってしまわないことを意識します(Fig.5)。これが二歩目です。いきなり最適を求めず、「せめて、やりがちな最悪行為だけは回避しよう」というところが謙虚ですね。だって三千歩のうちの二歩目ですから、こんなものです。ゆっくりいきます。
Fig.5 「いけない!倒したい方向(F)と同じ方向に手首を動かしちゃった (a1)!」気付いたら二歩目達成。
4. 三歩目:第1分解ベクトルはどこだろう?
第1分解ベクトルが「最終合成ベクトル方向ではない」ことは大前提として、ではそれ以外のどの方向が目安なんでしょう。各分解ベクトルはその部位の最も得意とする方向であるとします。肩起点であれば、身体前面から真っ直ぐに突き出す方向、突き飛ばしです(Fig.6左図)。とりあえず腕ははこの方向にしか動かさない。そこでもし斜め下にしたければ、下方ベクトルの起点である膝(中図)を合成します。
Fig.6 このさき加えていくべきa3, a4....anは、最終ベクトルF-(a2+a2)。その中で模索していきます。
この段階ではもちろん技はかかりません。完成してないので。このあとに、第1分解ベクトル以外にどんな要素が加われば最終ベクトルに近づきそうか、あれこれやってみます。だから、この練習は時間を取ります。相手を1つ動かすのに何分間もかかるので、相手も大変です。同じ力で中心を攻めながら、中途半端に力を受けたらその姿勢のまま、取があれこれやってる間じゅう頑張らなくてはなりません。まあ、下半身と腰のいい鍛錬になります…。話のわかるマニア同士でやらないと、迷惑ですね。
Fig.7「もっと右?押しすぎ…?」
5. ベクトルをめちゃくちゃ沢山に分解したい
理屈では、あるひとつの最終的な合成ベクトルを作る分解ベクトルの組み合わせは無限です(Fig.8)。
Fig.8 いくらでも細かく分解できる
この実習は、はじめは粗く、だんだん細かく分解していく過程の出だしです。分解数が多いほど、ベクトル1つあたりは小さく 微妙になるはずです。
<分解ベクトル数が多いと得する点>
- 相手に読まれにくい。極端に言うとかけられた技の逆方向に飛ばされたように感じたりする (見かけの運動方向と違う方向に合成ベクトルが出来上がる)。
- 真下に落ちるのに浮いたように感じる。
- 受は足場がなくなる。
- 3次元度が上がる(ポリゴンから球に近づく)
- 手だけでやらずに全身をつかう
- 自分の足が居着かない
- 部分がそれぞれにとって最も得意で強い方向に動かせる。
なんだかいいことだらけですね。実際やろうとすると難しいどころか、設計図も描けません。でも最終ゴールは一旦忘れて、1個ずつやっていきましょう。こんなこと言ってる私は、今最大でも分解ベクトル3つです。
6. 例:小手を返す
小手返し時の受の崩れ方を、手だけ(第1分解ベクトルだけ)でつくろうとすると、力づくで手首をひねくり回してしまい、受の手首を傷めます。受の体は崩れにくいです(Fig.9 a)。これを最低限の3ベクトルでトライしましょう。
Fig.9 技をきれいにかけようとしてはいけません。かかりませんって。
最低限の3つは手、足移動、膝です。手はまっすぐ突き出す形(b①)、足は受の裏に向かって移動(②)、膝は落とす(c③)。すごくぎこちないですが、各ベクトルを慎重に純粋直線にすると、取は手を突き出すだけで受の肘をくるりと巻けることが分かります。実際の技ではこんな極端なことはしませんが、これは相手を螺旋に巻き崩すことは 直線的な動きだけで できるんだな、と分かるための面白い実習です。
7. 分解は、体全体を使うことと矛盾しない、というか同じ
合気道では「体全体を1つにする」ということが強調されます。あまり部分にこだわることは後ろめたさがありました。しかし最も初歩的な3つの分解ベクトルは、次に4つにして三角錐、5つにして四角錐、と増やしていくことになります。(Fig.10)。するとどんどん球形に近づきます。この過程においては、1つの部分にこだわることは球という三千歩に向かうための一歩目なので、悪いことではないです。
Fig.10 粗いポリゴンが限りなく滑らかな球っぽく
だとすれば、体を細かく細かく部分に分けていくほど、全体が協調していきます。体を部分に割って割って割って…いくと、全体が1つになります。硬い1つでなく柔らかくまとまった1つに。海のように。
Fig.8 「!そうだったのか!分かるか不良!?」「約束のスモアフラペチーノは?」