大阪合気道自主稽古会

流派を問わない合気道の稽古場です。小説、漫画、などが混在しています。稽古記録はタグをご利用ください。出典明記があれば図の引用については問い合わせ不要です。。

合気道と迷走神経

合気道では、相手の反応を一瞬遅らせたり くっついて固めたりということが起こります。今のところ古典的な脳神経生理では 私たちの先生が行うレベルのことは説明がつきません。しかし採用を見送った説は、なぜ採用できないのか、どこに限界があるのかを考察しておくのは問題の輪郭を浮かび上がらせるのに役立つことがあります。すくなくとも、間違った説による良くない影響を退けることは期待できます。※ここで使う略語は正式ではありません。

1. 自律神経 ~ 脳と体がコミュニケートするためのパイプ

自律神経は交感神経と副交感神経があります。副交感神経は複数の神経を指すグループ名です。副交感神経の1つが迷走神経です。自律神経の機能としてよく知られているのは、交感神経は戦闘態勢で副交感神経(以後 迷走神経という)はそれに拮抗するとイメージされます。これだけでは真実ではありません。

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Fig.1 Sn:交感神経、Vp:迷走神経(旧)、Vn1,2:迷走神経(新その1,2)、NSV:内臓感覚神経、 Sentido de aceptacion interna:内受容感覚、Respuesta Disiologica:生理的反応。

 

2. 三種類の自律神経

2-1. 原始的な迷走神経(Vp)

我々の先祖が爬虫類だったころ、自律神経は迷走神経の原始的なものだけでした。原始迷走神経(Vp)と呼びましょう。Vpは敵に対する防衛反応を引き起こします。この原始的な防衛反応は「不動」です。亀を想像してください。つついても、大暴れして飛びかかってきたりしませんね。じっとして、呼吸も脈も落とします。敵に見つからないため、もしくは死の苦痛を避けるために仮死になることもあります。この反応は反射なので、本人の意思でやっているのではありません。この神経は私達にも残っています。

 

2-2. 交感神経(Sn)

次に哺乳類には交感神経(Sn)が出現します。これによる防衛反応は上記とは逆に「戦闘・逃走」という可動性の上昇をもたらします。同じ防衛反応と言っても、敵に出会った哺乳類にとってはこの「戦闘・逃走」反応の方が上記の「不動」反応よりはるかに救命率が高いです。酸素消費量の多い哺乳類にとって、「不動」で呼吸や心拍が下がるのは致命的です。ではこの不都合なVpは何故私達に残っているのでしょうか。戦っても敵わないほどの危機においては、無駄な抵抗をしない方がまだ救命率が高く、また気絶すると食べられる苦痛が軽減されるからかもしれません。

深刻な不利益として、酷い暴力の体験などで一旦この防衛反応が活性化された人は、再び危険にあった時、対抗しうる状況であっても防衛反応として不動に陥ってしまうことがあります。被虐待児やレイプの被害者などにみられるこの反射は、反射であるがゆえに本人の意思では解除できません。よって何故抵抗しないのかと被害者を責めるのはお門違いなのです。彼らは慢性的にVpが緊張して不安であり、安心を得て初めてできる回復・成長・学習の機会が損なわれます。一旦活性化されてしまった「不動」神経の回路から脱する方法は、不明です。おそらくは後述する新しい迷走神経が役に立つかもしれません。

 

2-3. 新しい迷走神経(Vn)

高度な哺乳類に出現した新しい迷走神経(Vn)は、過剰に興奮した交感神経をなだめます。さらに声音や表情の筋肉を司り 相手に敵意がないことを伝え、また内耳の筋肉を調整して相手の声音から敵意の有無を読み取ります。社会的交流の神経です。人間は他者と交流することによって安心を得ることができます。またVnは交感神経に抑制的な影響を与えます。見知らぬ他人が親しげな声で挨拶すると、あなたの緊張は解け動悸は収まるでしょう。交感神経が抑制されたのです 。

(分かりやすくこう説明しましたが 合気道的に大切な点は、実際には相手の笑顔や声音という認知できる情報でなく、あなたの無意識が環境から収集した情報を元に神経の切り替えを自動的に行ってしまうことです。)

安全だとわかってVnが活性化されると、エネルギーは体力回復や学習に回すことができます。学びが身に付きやすい状態です。また、戦闘であるはずのSn刺激状態に加えて、Vnも同時に活性化された状態は、「遊び」です。Vnを活性化するには常にお互いの顔を見合わせて安全であるという信号をやり取りします。遊んでいる子犬の片方が急に目を合わさなくなったら遊びではなくなり、たちまち喧嘩になるでしょう。遊びはVnのトレーニングになります。Vnは交感神経をなだめ、「不動」からの回復に寄与するかもしれないので、攻撃的な人や心にトラウマを負って身動きできない人は、他者と遊んだり話したりという お互いの目を合わせる交流することが役立つかもしれません。

さて、合気道的に気になるのは、意識とは無関係にSnはVnによって抑制的にコントロールされることです。あなたの無意識が状況を絶対的に安全だと判断してVnスイッチを入れると、Snは活性化しにくくあなたは戦闘状態に入ることが困難になってしまうのです。無抵抗化です。

また稽古の環境として気を付けなければならない点は、Vnの発達は個人差があるため全員が社会的交流によって安心を得られるわけではないことです。人によっては交流はストレスにしかなりません。いくら目を合わせて明るい韻律を使っても大声を攻撃としかとらえられない人もいます。かれらは、一般的に好ましいとされる社会的交流によって交感神経を刺激されてしまいます。そんな人達はそっとしておく方が稽古の効率が上がるでしょう。

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 3. 自律神経の制御は無意識が担当している。

あなたが誰かに会ってなんとなくな不快感を持ったとき、あなたはその判断を下したあなたの無意識とは交流できないため、あなたの意識は自分を正当化する物語を作ります。「挨拶が変だ」とか「嫌な目つきだから」「何人だから」とかですが、ほとんどは後付けの理屈であり、真の評価プロセスをあなた本人(意識)が知ることはありません。同様に不安を感じる時、あなたは不安だということは自覚しますが、何故なのかはわかりません。見当違いのものに責任を求めてしまうかもしれません。「今ここは危険である」という評価はあなたの意識の外で完了しています。そして危険と判断されたとき、防衛反応として「不動」か「戦闘」を選ぶか、「交流」を試みるか、そのスイッチは無意識が決定します。あなたの意識は口を挟めないばかりか、説明すらしてもらえません。結果としてあなたの体と意識におこる生理的反応が、やっとあなたが認識できることです。

合気道において無意識を観察するとすれば、意識に至る経路の逆を遡るしかないかもしれません。つまり認識できる自分の生理的反応→無意識の判断→無意識の評価→内臓からの情報→無意識の情報収集→環境。 相手の情報は環境に含められます。実際プロセスのほとんどは私達(の自我)にはアクセスできません。経験から これらと交流できるようになったと思われる人はいますが、彼本人も言葉によっては説明することはできないでしょう。他の言語(数値や統計)が待たれます。

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 4. 自律神経の利用の仕方

自律神経のコントロールシステムはまだ不明瞭です。既知のものと異なるシステムであることは分かっています。例えば古典的条件付けやバイオフィードバックとは違います。スポーツではこれら既知の学習システムを利用した強化・反復練習が役立ちます。しかし合気道では、有害であるかもしれません。例えば結ぶという感覚など、無意識(内臓)との精密な交流を要すると思われる場面で、固くなってしまっている人に反復練習をさせたり、良い悪いとつねに評価を下したりという代表的「危険サイン」を出すことは、交感神経がより緊張し、Vnは抑制され、脳と体は切り離されて無意識とのコミュニケーションは遠ざかります。一般的に「評価されること」は、無意識は安全でない状態であると判断します。評価されることに晒されると慢性的にVnが抑制され、お腹を下したり人と目を合わせられなくなったり、なんとなくな不安に苛まれ自信を失ったりします。不安の対処にエネルギーが費やされ、成長の効率は下がります。お互いに粗探しや減点ばかりする状態は、意欲や幸福感の感受性を阻害します。

無意識を意識的に操作する手段は知られています。レモンを想像して唾液を分泌させられるのは有名です。イメージすることは無意識に直接影響を及ぼせます。スポーツ選手のイメージトレーニングや、ヨガの呼吸や姿勢による直接的自律神経刺激も挙げられます。現実的に自分の無意識と、さらに相手の無意識に働きかける手段はありそうです。私にはまだわかりません。できる人も、説明には苦労しているようです。

 

少なくとも、気を付けなければならないことはあります。私は合気道で一瞬固まるのは、危険を察知したときの反応、つまりここで言う不動ではないかと思っていた時期があります。瞳孔や呼吸など自分の生理的状態を一瞬で変化させることで、相手の変化を誘発することである程度効果はありました。また急な動き(静止含む)や予想外の猫だまし的動きは一瞬相手を固まらせます。しかし自律神経の性質を考えると、私はこれは使うのをやめました。この手の方法は相手を緊張させることを利用します。技をかけて倒すことができても、相手の自律神経を不安定にしかねないやり方は合気道的とは言えません。ましてや虚をつく動きで怪我をさせてはいけません。相手の健やかな成長を妨げる技ならば、できない方がましなのです。格闘技としては矛盾があるようですが、疼痛も不安もないまま倒されてしまうということが合気道にはあります。来ると分かっていても、受は警戒できません。投げられたにも関わらず自律神経は静かなまま という奇妙な感覚です。そのような技を使える人と稽古をする経験は大切です。

 

 

 

 

 

 <参考図書>

 昨年末に一般向けの日本語訳が出ました。

ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」

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