箱尾地方の風習 (上)
まいとしその日はだれでも仕事は正午で終わることになっている。それは冬至の翌日だから崎羽の山奥は風が気化した氷のように冷たい。同僚たちは仕事が終わって帰らなければならないのが少し落ちつかないとみえて、紙の束を紐で綴じたり給湯室の古い茶葉を処分したり窓の締まりを確かめたりしている。私は鍵を締めるから、といってとうとう連れ立って仕事場を出た。
わずか5分も歩かず寮に着く。入り口はアルミサッシで冷えて見えるが、数年前まであった木枠の玄関より屋内は暖かく保てるのです。ただしこの日だけはいつもにまして冷え切って、まだ昼なのにうすら暗い上がり框がもはや非日常を感じさせる。今日は電気を使ってはいけない日です。灯の電気も電化製品の電気も使ってはいけない。本当は外にも出てはならず、家に閉じこもって通りを跋扈する魔物に見つからないよう息を潜めていなければならない。しかし当世では仕事もあるしそういうわけにはいかず、午前中だけ仕事に行って普段というものを片付けてもよいことになっている。現代に合うようにアレンジされたのだ。それでもやはり、まるで元旦と同様 いつもとは違う感じを人も町も持っていて緊張したり期待したりする。(続く)