大阪合気道自主稽古会

合気道経験者のための不定期な稽古会です。忙しくて道場に通えないが時々稽古したくなる人向け。流派は問いません。

冥王星島4

近所の藪医者に言われて大きい病院を訪ねて来た。藪医者は病院で見せる手紙を書いて彼に渡したとき、わたたにがそれをちゃんとポケットに入れるのをじっと見張った。それで彼は、あ、これは捨てたりせずに本当に病院へ行かきゃならんのだな、と分かった。船から乗り継いだ電車を降りてプラットフォームに立ったわたたには、この街を初めて見た。改札口を出るといきなり港だった。船ばかり作っているのんきな海岸から振り向けば、ぎょっとするほど近くに山が伸び上がっており遠近感がおかしくなりそうだ。それなのに人々は当たり前のように歩いていた。

 

絵本の挿絵のなかに入ったようだった。どの角もどの小路も古くて初めてだった。

 

友達のよしはるが子供時代をここで過ごし、とても楽しかったことをよく話した。それはじつに具体的だった。何年の夏にどの桟橋から何を釣ったか。夕方には一輪車で売りに来る魚屋から、母親がどう上手く買い、どう料理して美味かったか。その魚屋はいつごろまで見かけたか。どの店で何を盗んで叱られたか。

わたたには繰り返しそういう話を聞いたので、ここへ来て懐かしい幸せな気分になった。自分もこの街でそんな楽しい子供時代を過ごした、そんな錯覚を持ったからだ。自分自身のそれは暗いものだったため、かつてよしはるの昔話は自分には無縁の暖かさとして密かに心冷やす時もあった。世界と自分を隔てる地割れは巧妙に隠されながら通奏低音のようにわたたにが成長する分だけ長く裂け、世界に素手で触れることは永遠にないはずだった。しかし今、錯覚と分かってなお、その嬉しく満ちたりた懐かしさは心臓と一体に癒合して去らなかった。日常の慌ただしさが立ち込めはじめた下町の歩道で、病もその憂さも目からこぼれ落ちていくのを止めようとしない自分に驚いた。夕刻の喧騒が優しく遠のく。

生き続けるとはなんということが起こるのか。過去は変わるのだ。来歴も自己像も、その他諸々と並列な ただの石ッコロに縮むとは。

 この世はずっと理不尽で不平等だった。だから昔から人には物語が必要なのだ。蘇りのための物語が。