大阪合気道自主稽古会

流派を問わない合気道の稽古場です。小説、漫画、などが混在しています。稽古記録はタグをご利用ください。出典明記があれば図の引用については問い合わせ不要です。。

深夜回診10

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 いい医療とは何か。人によって違いますが、その社会の全体的なコンセンサスはそこに暮らしていると分かります。ここでは、それは良し悪しがデータで判断でき、自分が他の人より損することなどあってはいけない医療です。
人生でもそうです。自分の人生の価値や意味は自分にしか分からないはずです。それをここでは、他人からの評価と他人と比べた損得で測っています。己の人生すらそうですから、他人の生き方の良し悪しはもちろん損得で点数付けします。

 

 病院機能評価を受ける時期がきました。評価組織に何百万円も払って、天下った方々に評価して貰います。受けなくてもいいのですが、いい評価をもらったことを掲げるとお客さんが増えるので払う価値があります。さて、審査当日に備えて、職員が集められ心構えを叩き込まれます。その模試の一部:

・「病院の理念」を訊かれたらいつでも言えるように、紙に書いて持ち歩くこと。  ・職員の靴下に柄がある  -1点  ・女性職員の化粧が派手  -1点  ・女性職員が化粧をしていない  -1点  ・襟足が隠れる髪型  -1点
…学校?患者さんは本当にこういう病院を望んでいるのか?
いい子ちゃん症候群 ここに極まれり。上野千鶴子先生の「サヨナラ、学校社会」の出版は2002年だが、まだ全然サヨナラできてません。
そういえば前回は、白衣の重ね着減点がありましたね。立襟のケーシー型白衣のうえに、ロングコート白衣。そりゃあネクタイ&ロングコート白衣&革靴 には負けますがそんなアメリカ映画の医者とは違い、現場作業員である我々の作業服としては手堅いスタイルです。これが減点です。「白衣を着ているのに更に白衣は理屈に合わない」という理由で。

もはやみかじめ料欲しさの言い掛かりとしか思えない理由であれ、落ちたら再審査にまたお金がかかるため病院側は滑稽なほど必死です。それにうんざりする職員や、私のように審査当日は人目につかないよう医局に閉じ込められる職員もいれば、やけに真面目に張り切ったヒトラーユーゲントみたいな気持ち悪い職員も少なくなかったです。
機能評価を受けないことにした気骨のある病院もあったそうですね。経営者は受けたがるが現場職員は猛反対したとのこと。そりゃそうでしょう。日頃の働きが、こんな阿呆らしい点数の付け方をされるなんて、これほどやる気を削ぎプロの誇りや愛病院心を砕く所業はありません。データを重んじ、人心を軽んじています。病院は人でできているのに。
    (末尾付録Appendix参照)

 

ここの人らは、欲張りで被害妄想がすぎる。
欲張りなあなたへ。信じたくないでしょうが、この世には (相性がいい病院職員はいるかもしれないが) 「いい病院」というのは存在しない。

被害妄想がすぎるあなたへ。信じられないでしょうが、あなたを心配し、またどうしようもしてやれないときに心痛める主治医というのは 結構ふつうに存在する。

そして彼はデータでは探し出せないし、金では契約できない。
市民A:「そんな運任せで不公平な!明確なシステムを作らない行政の怠慢だ!」
いいえ、当たり前です。人間関係はすべてそうではありませんか。良き伴侶や良き友に恵まれないのは、あなたにも原因があるのと同じ。医療者と患者の関係は、人間関係です。

《 続く 》 ⇒次「深夜回診11

 

    ----- Appendix ----

結核と日本人ー医療政策を検証する」常石敬一(岩波書店2011年)

(p179) "…OECDヘルスデータ2007は日本の医療の状況についていくつかの指摘をしているが、以下のような興味深いものがある。

(1) 日本の医師数(人口対千人)は他国に比して少ない 

(2) 日本の一人当たり医師診察回数は加盟国中最も多い 

(3) 日本では高度・高額な医療機器の設置数が突出して多い 

(4) 日本の急性期病床数(人口対千人)は加盟国中最も多い 

(5) 日本の平均在院日数は、加盟国中最も長い

2005年の総医療費支出のGDP比(%):米国15.3% フランス11.1% ドイツ10.7% スウェーデン9.1% 英国8.3% 日本8.3%(OECD平均9%) "

 

(p181) "…日本は高度・高額な医療機器が多いにもかかわらず、ずいぶんと安上がりな医療システムを構築していることになる。…医療機関によっては使いこなせていないのかもしれない。"

(p183) " …となると、日本では他国と比べて際立って設置数が多い高度・高額な医療機器の設置費用の回収に当てられる部分が、相対的に大きくなっているのだろうと想像できる。限られた医療費が「人」でなく、高度・高額な医療機器やベッドなどの「モノ」により多く分配され、その分「人」への分配が減っているのではないか。”

”…日本では医師の数が少なく、しかし診察回数は多い。その結果、三時間待ちの三分治療などと批判される。…患者も医療者も、どの人びとも満足どころか、不満だらけの医療が日本の医療となっている。”