大阪合気道自主稽古会

合気道経験者のための不定期な稽古会です。忙しくて道場に通えないが時々稽古したくなる人向け。流派は問いません。

深夜回診7

            f:id:fanon36:20180202172223p:plain

 (続き)

じつはそうスッキリいったわけではありませんでした。

はじめのうちは食わせろ食わせろ言ってたSさんもしだいに食の欲求が失せ、嚥下リハビリを受けるのも起こされるのも邪魔くさそうになり、うとうと眠っていたがるようになった頃です。探偵のようなことも得意な社会福祉士からふいに情報が入りました。どうやらSさんにはほとんど顔を合わせたことがない若い親戚がいるというのです。

私は内心やれやれ面倒なことになったと思いました。存在すると分かってしまった血縁に、意図的に連絡せずにいるとトラブルの元です。連絡される方にとってもいい迷惑かもしれません。親や祖父の代に縁を切られたような、会ったこともない親戚が死病だからと言って、遠方の病院から責任者になることを依頼されてごらんなさい。みな自分のことで忙しいのに、降ってわいた災難です。知ったことかと電話を叩き切ったとしても冷たいとは思いません。

 

意外にも、くだんの親戚は休み明けに病院に来るとのことでした。さて、そのときのインパクトを想像しました。初めてみるかわいそうな老人が、最先端医療ならなんでもできそうな急性期総合病院のベッドの上で、餓死しかかっているのになにもされていないなんて!? 徐々に弱る過程を目の当たりにしていれば諦めもつきましょうが、いきなりこれではさぞやびっくりすることと予想がつきます。心理学的に驚愕は恐怖もしくは怒りの形にすり替わって表出されます。これは怒られるかも…。

おりしも明日から年末休みです。かろうじて行なっている医療行為であるリハビリも休みに入り、「ただ転がしてる感」は半端ありません。ご親戚は休みを利用して早めに面会に来るかもしれないし、ぐずぐずと先延ばしにしている場合ではない。

 

私も適宜、ひよります。突っ張ってばかりでは保ちません。せめて何か、できる限りはやった痕跡を残さねば。そう、アリバイ治療です。

ケースによりますが例えばこの場合ですと、経鼻胃管の留置が第1候補です。鼻からチューブを胃に入れて、液体食を流し込みます。本人はもちろん嫌だと言いました。しかしこの処置は「いくら本人が嫌がったからって、せめてそれくらい説得すべきだ」と非難される可能性大の微妙な位置付けなのです。血は出ないし、不快だが痛いわけでもない。

私なら、手術後1週間だけとか時間を限って留置するならいいが、死の準備として胃袋が機能停止しているところへ、お構いなしに鼻から管でカロリー注入なんてまっぴらです。が、この程度は協力してもらおう…。私はチューブ留置を試みました。「嫌だっ!」「そう仰らず。1回だけ。痛かったらすぐやめるから。」「うわー ぺっぺっ!」「うーむ 入らないな。仕方ない、今日は諦めましょう。Sさんお疲れ様。」「うるさい帰れ!」

そんな小芝居を年末年始に毎日繰り返しました。入るわけありません。処置中ずっと喋り続けるSさんの声門は開きっぱなしであり、この状態で入るとすれば胃ではなく気道です。

入らないと分かっているからできたのです。万が一入ってしまえば、意思に反するカロリー注入という、合法なのが不思議なくらい醜悪な措置をしなければならないところです。目的は、病棟スタッフにやるだけはやったと納得させること、そして事実をカルテに記載することだけでした。"嚥下機能障害を伴う重度栄養不良に対し経鼻胃管留置を連日試みるも抵抗強く不可能と判断せざるを得ず…" という具合です。典型的アリバイ文章。幸いSさんは怒ってもすぐ忘れるタイプで協力的と言えました。

そうして三が日があけました。

   

           《 続く 》