先輩の帰郷 (中)
終業後 1人残って裏戸以外の戸締りの確認をしている寺久さんは最も年若というわけではないが、なんとなくこういう役割である。一旦無人になる役場。裏戸を開けているのは、今日はみな早々に帰宅して風呂に入ったり子供に支度させたりしてから、戻ってくるからだ。書類を全部壁際に寄せて広くした休憩室には、柿ノ本先輩の酒瓶が勇壮に肩を並べている。町内に限って言えば、本当のお祭よりも先輩が帰って来た日に突発的に開かれる役場慰労会が上だ。数時間後にはどんちゃん騒ぎになる予定の部屋が今は静まり返ってよそよそしいのを ぼんやり眺めていた寺久さんは、鴉の声で我に返って裏戸を出た。
田圃の真ん中をまっすぐな帰り道に、電信柱の灯りがともりはじめた。遮るものがない道は、普段は木枯らしが思うさまに吹いているが、今宵はしんと凪いで闇、灯り、闇。
田圃が切れて民家が並ぶ地区に入る。家々の窓から漏れる蛍光灯が視界に入るせいで、民家の路地は田圃の真ん中より闇が濃い。寺久さんは襟巻きに埋めていた顔を上げた。あの家はこの帰宅路沿いにある。
(続く)