大阪合気道自主稽古会

合気道経験者のための不定期な稽古会です。忙しくて道場に通えないが時々稽古したくなる人向け。流派は問いません。

仙腸関節の機能(後編):球形の梃子

《続き》

前々々回:「病の声=仙腸関節のヒント

前々回「『仙腸関節を意識する』ときの意識

前回「仙腸関節の機能(前編):弛みと中心帰納

 

■ 梃子の構成要素: 丹田

仙腸関節を漫然と「中心らへん」とか「錘っぽい」と捉えると単独で機能するものです。しかし「梃子を構成するもの」と考えると、単独では機能しません。仮に仙腸関節が梃子の支点であった場合、力点にあたるペアの部分が必要です。白石先生の梃子理論を参考にすると、それは互いにごく近傍にあるはずです。仙腸関節の近くにある、それっぽいものとしては、たとえば丹田 (Fig.1) がすぐ思いつきます。

合気道では丹田という言葉がしばしば出てきます。大事なんだなぁというくらいで、いまいちボンヤリしている概念です。以前、(ここに何があるというのだ?)と思い、自分でコッソリ腹部エコーをしてみました。いわゆる丹田にあたる場所は、小腸末端内部でユラユラするう○ちでした。がっかりして以来、丹田を真剣に考えることはなくなりました。

その用途不明だった丹田を、位置が意味深だということを根拠に、仙腸関節の相棒と仮定しましょう。

f:id:fanon36:20180326175420p:plainFig.1 仙腸関節丹田(★) の位置

 ■ 梃子の構造

仙腸関節丹田、どちらかが中心=支点で他方が力点という関係とします。仙腸関節は背面にへばりつくように偏った位置なので、体の中心に近い丹田の方が支点に適しているようにみえます(Fig2.A)。その場合仙腸関節は力点 (B)になります。関節という名前からも、活発に動く場所である力点に適しているように思えます。つまり「力点-支点 -作用点」の順に並ぶ「第1種てこ」、釘抜きや缶切りと同じタイプの梃子です (Fig.2 右図, Fig.3 A) 。そこでそのようにして歩いてみました。しかし、できない事はないが不自然で難しく、動きに制限があるように感じました。慣れの問題かもしれないためしばらく変な動きを続けてみましたが、しっくりこなかったです。。

   f:id:fanon36:20180326175352p:plainFig.2 代表的なタイプの梃子

そこで前回引用した文章③("そこには大きな圧力が加わるのですが、構造上の集約点ですし、中心に位置するのでこちらは重さを感じません。”)を読み返してみると、作用反作用の働く部位としては仙腸関節がバランスしていることは確かです。ということは支点的役割です。この場合丹田は力点になります。奇妙に思えますが、このような「支点-力点-作用点」の順に並ぶ「第3種てこ」(Fig.3 B) もよく使われます。ピンセットなどがそうです。とはいえ、体のど真ん中のメインな梃子としてはピンときません。人体にも見られる構造ですが、多くは肘関節のように軽く素早く動かす場所に使われるからです。しかし念のためです。仙腸関節を支点、丹田を力点として歩いてみました。仙腸関節は重厚な錘、丹田は四肢末梢を操作する軽やかなハンドルのイメージ…。と、どうでしょう!びっくりするほどの自由度の高さ!関節に油を差したように四肢末梢が派手に振り回されて、体幹はぐらつくくらいです。

動きやすさが段違いなのです。むしろ荒く動きすぎてぶん回されてしまうので、丹田のハンドル操作は相当細かい慎重さを要します。これではたしかに丹田に力なんて入れられません。リラックスしていなければ微調整できないからです。こんなふうなので、ただ歩くのも粗大でぎこちなく、初めて歩く動物の赤ちゃん もしくは初めてガンダムに搭乗した初心者パイロットという感じです。このときは丁度通勤中でしたが、徒歩も階段も改札でカードタッチするのも、ソロソロと試しながらで大変時間がかかり、遅刻しました。

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 Fig.3 第3梃子(B)より、力が一旦反射するような(C)のイメージ

 

■ 計算能力を越えた梃子装置

これが合気道として合っているかどうかは不明ですが、初めての体の使い方であることは間違いありません。赤ん坊の頃、こんなふうにして体の使い方を試していたような気がします。

何をするにも新鮮です。例えば、操縦に慣れていないためかもしれませんが、この歩き方では小股でしか歩けません。色々試した結果、腰を低く落とすと歩幅がぐんと伸びることがわかりました。合気道では「腰を落とせ」と言われる訳が分かりました。というか腰を落とさないと、本当にちょこちょことしか歩けないのです。

以前に中心帰納特別稽古を受けたとき、日常生活動作にも中心帰納を使って練習時間を稼ぐことを助言されました。その後実際にやっていましたが、今思うとよく分からないままやっていたせいで集中力が続きにくかったです。今回は帰納する体内の部位がピンポイントで具体性が備わったため大変やり易くなり、今まで以上にすべての動作を新しい仙腸関節梃子を使ってトライしました。階段を上り下りしたり、ポケットからIDカードを出して、しまう。方向を転換する。上を見上げて物を取る…。(パソコンのキーボードだけは時間がかかり過ぎて仕事にならないので従来の体の使い方でやった。)すべて、まず丹田がごく微妙に動き、わずかに遅れて末端がブンと大雑把に動く感じです。 

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 Fig.4 ちょっと憑りつかれてるような、やる気無さそうな奇妙な日常動作。優雅さはなく、変。

 

梃子の法則性を考えれば、どう動けばよいか予測できそうに思いますね。しかし、やってみるまでどう動くのか、分からないのです。

ドアノブを手前に引いて扉をあけなければならない時に(ここがああなるから、こっちはこうなって…)と扉の前でとことん思案してみました。しかし頭で考えた動き方はやってみるとぎこちない。再び扉を閉めてやり直します。意識を仙腸関節梃子にもどし、これに任せきってオートマティックに動くと、スムースに扉を開けられました。この時のみならず仙腸関節梃子を使った運動では各関節や重心移動が、始めに頭で考えて予測していた方向と真逆に動くことが多かったのです。身体骨格は高度な複雑系で、左踵に重心を移すと腰も肩もまた微妙に動き、筋肉のテンションが変化し、位置関係が変化し、それがまた重心に影響する…という幾つもの連立方程式だからでしょう。頭脳で計算しては追いつきません。それが仙腸関節梃子に任せると一発でバランスするのです。

その日は、何をするにも仙腸関節梃子という装置にやらせてみては、(ええっ!? そう動くのか!そう動くのか!)と驚きつづけました。使い古した自分の体なのに、こんなに面白い事があるでしょうか。

 

■ 予測不能ながら傾向はある

計算不能とはいえ、新しい動きにはいくつか傾向があるようでした。まず丹田を動かすイメージの方向と、手など末端が動く方向は逆になる傾向があったのです。Fig.3図Cに当たります。それに加えてこの梃子は「回転」している感じがあります。

以前成田先生の本に「腰回し」という言葉が出てきました。それを読んだとき、(腰なんか回したら痛めるじゃないか…骨盤の角度を変えたり捻ったりするというくらいの意味だろうか) と思っていました。しかしこの梃子運動はまさに「回す」としか言えない感触。グインと回ります。自由に方向を変えられる歯車、ボール状のギアです。このように構成要素の方向関係がFig.6図Cのように自在に曲げられ、さらに回転する性質を併せ持つのは、いわば「球形の梃子」です。道場で耳にする「回る球のように…」という表現に合点がいきます。

 

 

■ あとは縦波を伝達させるだけ

上手な人の動画を見てみると、力発生の起点は分かりませんが、相手と結んでいる位置 (掴まれた手首など) は体幹に近く、動きは縦方向の要素が大きいように見えます。それは水車のような横に広がる円運動でなく、削岩機っぽい縦方向の動きです。縦方向の中でも、アースオーガー (スクリューやドリルで穴を掘る機械) みたいな回転する縦でなく、あくまで直線的な削岩機の縦です。体内の動力源(球形の梃子)は回転していたとしても、以降は縦波のように真っすぐに伝導している印象です。揺らがない。相手と結んだ部分は力をかけるのでなく、力の波を減衰させずにそのまま伝えているだけです。ところが自分と同じ導体である相手の人体にはスムースに伝わりますが、硬い床表面には波が伝わらず衝撃が相手の足裏に跳ね返るため、つんのめってたたらを踏むように見えます。もしふわふわの床の上で技をかけられたらどうなるか、試してみたいですね。多人数で時々みるように、端っこの人に衝撃が伝わるのも道理です。

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 Fig.5 マクロの体は回っていない。まっすぐ落としているように見える。 

 

■ 自分の絵を描く

天才画家は数多くいます。しかし誰も似ていません。ピカソのように「思う存分描く」ことは、その作風を習得することではないでしょう。本人以上に本人になれることはありません。憧れの画家から学ぶべきは、その姿勢であり、孤独なときに励ましになるような後ろ姿です。「素直に聞く」けど「頼らない」。さぁ、自分を追いつめましょう。