オーストリアで道場を開いているY氏は帰国したとき合気会に現れます。180cmを越す体格ながら羽毛のように柔らかく、組むとフワリと上に重心が浮き、足と畳の摩擦がきかず踏ん張れない…という技を使います。上下がこんがらがって、ドラム式洗濯機に放り込まれたようです。
■ Implosionという力
さて 稽古後。オーストリア発祥のマージナルな自然科学の話。人工的にエネルギーを操作する力 (発電やエンジン、爆弾など) の多くは内から外へ広がる分解的なものですが、自然界の力はそれとは逆で、より優れているという科学です。その力は Implosion (Explosionの逆という意味での造語)と名付けられました (Fig.1) 。Implosionは排水口に吸い込まれる水の渦や、竜巻のような渦が作る統合的な力で、外から内へ向かい、中心に近いほど速度は速く、密度は高く、温度は低く、静かである性質があるといいます (Table.1) 。
Fig.1 Implosionのイメージ(右)
Table.1 Explosion(左)とImplosionの比較
■ Implosionと合気道
大変面白い話です。 合気道における力の印象、もしくは合気道が目指す力の使い方と通じる電波がビンビンきます。Y氏はImplosionを合気道に応用しようとして、「ベクトルに直交する力をわずかに加えるだけで螺旋運動を始めること」、「内側へ濃縮された力は限界がきたら上下へ放散する。それが合気道的に天地なのでは?」などを研究中だそうです。
■ Implosionの範囲・限界
この力について最初に提唱したのはオーストリア人のVictor Schauberger (1885-1958)。Y氏は現地で、彼の理論を研究している人に詳しく話を聞く機会があったそうです。WikipediaによるとSchauberger氏は、森林保護官、哲学者、Pseudoscientist (偽科学者??)とあります。
Schauberger理論について書かれた書籍 (本稿下部に記載)に目を通してみました。まるで無からエネルギーが生成するかのようにも読めますが、正確には発生した力の効果的な使い方です。ナチュラリズムをエンジニアリング分野に当てはめており、少なくとも現在に残る形では証明されておらず、体系だった科学的理論ではありませんでした。自然観察とその考察といったところです。
着眼点は面白いのにこの本は読者層をかなり狭めてしまっています。確かに科学的なところが色々間違っていますが、それは専門家でないなら仕方がないでしょう。専門家であってもしばしば間違います。間違いなく天才であるアリストテレスですら現代からみれば誤っている事もあります。この本が胡散臭いのは、既存の科学や科学者を一方的に悪者にして貶めているところです。このご都合主義な似非科学的特徴は、シャウベルガー本人ではなく本の著者の要素かもしれませんが、ドイツ語原著がよめないので私には分かりません。
■ それでも面白い
私がこれをいつものように似非科学といって切り捨てずにいたのは、螺旋運動を改めて考えるいい契機になったからです。合気道では「螺旋の動きで」とよく言います。しかしその螺旋が、広がっていく螺旋なのか収束していく螺旋なのか、上か下か、力の発生源と螺旋形へ導くきっかけ、などは考えたことがありませんでした。
合気道の気楽なところは、社会生活では許容されにくい言動ができることです。日常生活では客観性や相手の立場に立つことが社会人として重要視されますが、合気道では「100%主観的」であることが有利に働くから、一部の社会的タブーが許されます。
合気道は流派によって異なるというより、個人個人でとても違います。 それは、世界の姿は人によって全く異なり、共有することができないことに似ています。さんざん文句を言っておいてなんですが、この力の考え方は新しく興味深かったので、私も自分なりに合気道にどう使えるか検討し、数日間かなり面白く過ごしました。今もまだこねくり回しています。
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