大阪合気道自主稽古会

合気道経験者のための不定期な稽古会です。忙しくて道場に通えないが時々稽古したくなる人向け。流派は問いません。

深夜回診5

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(続き) 

まず参考になるのはSさんです。86歳。本人によると身寄りなく好きなようにして1人で生きてきました。一人暮らしで、買い物も家事もこなしていました。要支援制度を使い、ケアマネージャーがついています。かかりつけ医はありません。2ヶ月前から食べるとむせるので食事量が減り、衰弱して立てなくなってヘルパーに付き添われて救急車で受診しました。むせているわりにはレントゲンで肺炎ははっきりしません。

入院後に食事の仕方を観察してみると、食べ物は全部気管に入っています。Sさん本人は、気管に異物が入った時に咳をする反射機能 (咳嗽反射) が衰えていて感覚も鈍くなっており、気管にどんどん食べ物が入る苦しさを自覚できません。だから物を食べたがりますが、窒息すると分かってしまったからには食べさせられません。ちょっとぼけていて、なぜ食事を制限されるのか理解できず虐待を受けていると思い込んでよく怒っていました。Sさんからすれば当然です。家であれば好きなだけ食べて喉を詰まらせコロリと死ねたのですが、いくら食べさせてあげたくとも病院で窒息死させるわけにはいきません。

 

これは正常老衰の経過です。年相応にぼけてるとのの、とにかく1人で自由に生活したい、検査や手術や処置は絶対うけるものかという意思が明確でした。

老衰以外の嚥下機能低下の原因は、精査すれば食道癌くらいは見つかったかもしれません。でも治療をしないなら不要の診断です。不快な内視鏡検査は拒否しました。

胃瘻や、深部静脈に高カロリー輸液を注ぐことは、この場合治療とはいえませんし、Sさんはこれらも拒否しました。

まぁそうだろうなというところです。私がSさんと同じ状況になったら、私だってごめんだ。

しかし最愛の人がこうなったらどうだろう?「経鼻栄養で少し回復させ、リハビリで嚥下筋をつけて少しでも長く…」とか未練がましい身勝手を押し付けずにいられる自信はない。

幸運なことにSさんには、こういう時に厄介な「善意の親戚」がいなかったのです。少なくともこの時は。

 
一般的に、患者本人が望んだとおりにしても、本人が死んだ後に見たこともない血縁が現れて人殺し呼ばわりされては堪らないという、病的な被害妄想が医療者にはしばしばあります。日本では「本人の意思だった」という理由は理由として通用しません。本当に、全く通用しません。よって患者本人よりご家族(=ご遺族予備軍) の顔色を伺ってしまいます。患者に感謝されても家族に恨まれてはおしまいなのです。

アリバイ作りとして、患者本人が嫌がる治療を勧めたり、本人がぜったい連絡してくれるなと懇願していた、微妙な関係のご家族に危篤の一報を入れたり、私はしました。あんたは希望どおりに死んでいって結構だがあとで家族に責められるのはこっちなんだぜ、というわけです。


ある時からそれもバカバカしくなり、患者第一に考えるようにしました。その結果、家族とトラブルになることもたまにありますが、案外クビになりません。遺族とのトラブルを抱える心理的負担は覚悟していたよりはましで、患者をうまく看取れた爽快感の方が自分の長期的な健康上良いようです。
私の患者第一主義はモラルに基づいていません。自分のためです。なぜなら彼らの死に様の先に私自身の死に様が見えるからです。いつか必ず来る自分の死に方に、希望を持ちたいです。こんなふうにも死にえるのだという実例を自分に示して。

    《続く》