大阪合気道自主稽古会

流派を問わない合気道の稽古場です。小説、漫画、などが混在しています。稽古記録はタグをご利用ください。出典明記があれば図の引用については問い合わせ不要です。。

冥王星島16

先輩の帰郷 (下)
その家は灯りがついていなかった。仕事から帰っていないのだろう。西の空の朱味はとうに消え去りまるで深夜の暗さではあるが、時刻はまだ6時にもなってない。誰もが休みになる本物の祭と違い今日は平日だし、しかも祭が近づいてきてその人が働くお屋敷も準備のためにてんてこ舞いに違いない。きっと普段より仕事は長引く。寺久さんは頭上で街灯がジィー…と発光するのを急に聞いた。

 区画整理前は同じ集落だった草笠の住民たちは丹前役場の催しによく参加する。しかしその人は一度も役場慰労会に来たことがなかった。5, 6年前にお年寄りが亡くなったと聞くが喪が明けたのちも、慰労会が休日に当たった年も、変わらず来ない。けれどもし、これ以上なく状況が整ったとしても想像の予行練習ですら言うべき台詞は分からないのだった。まったく自分はどうしたらいいのだろう。万策尽きて今日は一日中、成り行きに任せるための無心さを懸命に握りしめていたのに。こんなに誰もいない。


気温がどんどん下がり足元から冷気が這い上がる。寒波もこれから暖かい宴会場になだれ込むならちょうどよい演出ではあるものの、宴会を無断欠席して住人不在の家の前で佇む方を選んだ人間を、塀の根元の犬が気の毒そうに見上げる。クンクン言っては、人間に通じない。

杵島家では客の子供が夕食後に遊んでいて額を切ったため、崖の医院へお手伝いが付き添い、看護婦は遅くに呼ばれて不機嫌な医者をぞんざいに宥めて働かせ、お手伝いの母親は娘が遅くなると聞いて自分も仕事場の遅番を買って出、お手伝いの家は無人で冷え、犬は空腹。役場の人々は同僚が1人現れないことどころか、まだ誰も柿ノ本先輩の姿を見ていないことすら気にせず飲み騒ぎ、腹ペコにもかかわらず人を気遣う足元のマルに気付かぬ若者はくしゃみする。全ては今にも起こりそうで起こらない事象の幽霊たちに見守られ、透明な師走の夜の底で。
(終)

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