さんぞうが犬のヒロシをつれて半分木陰になっている石の階段を降りてきた。図書館で意地悪をされ本を借りずに飛び出して来た。ちょうどまひるで暑かった。この階段は寺を抜けて家に帰る近道だった。ところが階段が本堂の裏から敷地に入る境の石垣の上に、境内犬禁止と書いたフダが置いてある。観光客が犬連れで散策することが最近増えてきたからかもしれない。昔はこういうフダはなかったようにおもう。
引き返して遠回りするには、もう気温は暑すぎた。ヒロシも野良犬の頃は勝手に境内を抜けることがあったはずだ。散歩紐を外してヒロシだけ先に走り抜けさせるという手もあった。しかし通り抜けた向こうでちゃんとさんぞうを待っているだろうか。ヒロシは賢い犬ではない。
坊主の朽木が水を打ちに出ると、境内の端を見覚えある子供が暴れる犬を抱えて早足で歩いている。犬は柴の雑種とみえる成犬で、小柄な子供から半分ズレ落ち後足が空を掻いている。ああいう犬は抱えられ慣れていないので、さかんに鳴いて抗議をしている。
境内は犬禁止なので、あの近所の子供は荷物を運んでいるだけという理屈だろう。ワンワンいわせながらそそくさと出て行く姿を眺めて、あんなに鳴かせたらどうしたって犬だろうが、と朽木は思った。